2018年5月23日水曜日

おはよう!

私はバイク生活なので、雨が降ったら稽古は自主休講だというのはこのblogの読者の皆さんならすでにご存じですね。

今日は朝から雨模様で、前日から天気予報でもわかっていたので、稽古は休みで昼までゆっくり布団でゴロゴロ、と思って夢うつつをさまよっておりました。

そうしたら朝8時に携帯が鳴って
「おはようございます、〇時〇分に迎えに行きますから、稽古に行きましょう」
って。

「今日、雨ですけど車出すから稽古に行きませんか?」じゃないです。
「稽古に行きましょう」です。

こんなん言われたら
「あっ、はい…」
としか言えませんやん。
できる人やでぇ…。

まあ起き上がってしまえばいつも通りなのでなんてことはないんですけども。

見方を変えれば、送迎してでも一緒に稽古したいと言ってくださる方がいるということでもありまして、いやあもうありがたくって涙が出そう。

はい、そうです、欠伸のせいです。

2018年5月19日土曜日

はずれる…

道を外れると書いて外道、という。

杖道を続けるうちに、段が上がっていくうちに、変節していく者がいる。
杖を遣うことを楽しむのではなく、杖で偉ぶるのを楽しむ者がいる。
4段5段になったからと言って、初段2段に嵩にかかってものを言う者がいる。
人に言われることを疎んじ、人に言うことを楽しむ者がいる。
上にへつらい、下に尊大な者がいる。
自分の未熟にも気づかず、人の粗をあげつらう者がいる。

人、それを外道という。

これは杖に限った話ではなくて、最近問題になった相撲、女子レスリング、そしてアメフト、どれも根っこは同じじゃないですかね。

子供を泣かせるような振る舞いをする者がいるなどとは、恥ずかしいことです。

平野耕太 ヘルシング7巻より
「おまえは酔っている酔いしれている 権勢と権威と権力に だ」
「おまえは今神につかえる事をやめた 神の力につかえている!!」

2018年5月17日木曜日

ぬきうち!

抜き打ち。

別段テストするわけじゃないです。

杖道(と古流と併伝)をやってると、打太刀で抜刀から始まる型があるわけですけども、あれです。

私は居合をやってないので、どうしても抜いて斬るという動作が今一つ甘いというか下手くそというかですね。
「ホンマにこれでええのんかいな」と思いながらやってるところが大きいわけですよ。


だからと言って、そのためだけに居合道をやろうという気にもなれず。
なぜかって、そりゃ私がやりたいのはあくまで杖(と併伝)だからですよ。

実際のところどうなんだろう、「打太刀の型に含まれる抜刀の型を以て抜き打ちも身につく」というか、「型の動作、杖道・神道夢想流の動きをしっかり身に着ければ抜き打ちも自在になる」とか、そういうことなんだろうか。

神道夢想流としては居合技だけの型集合ってなかったんだろうしなあ。

あー抜き打ちがうまくなりたい…。

2018年5月10日木曜日

いいのよ

今日の稽古で2段の方の基本打ちの練習にお付き合いしましたら、その方が
「わたし全然できてないですね、ダメだなあ」
みたいにおっしゃったんですよね。

ダメだなんて、そんなことがあるもんですか。

誰に言われなくても基本打ちをやろうという、その姿勢がまず素晴らしいじゃないですか。
出来てないからダメなんてこともないんですよ。
そもそも出来てないから、出来ないから練習するわけですよね。
稽古でも演武でも今の精いっぱいができていたら結果としてうまくいかなくたって構わないと思うんですよ。

それに、たとえ何段になっても手直しするところはいくらでも出てくるもので、
たぶん範士8段、免許皆伝まで行ったとしても基本の稽古をしなくていいとかもう十分みたいなことはなくて、
杖道をやる限りずっとずーっと基本の稽古は続くんだろうと思うんですよね。

だから、上達を目指して練習しようというその意欲がありさえすれば、まずはそれでいいと思うんです。

2018年5月8日火曜日

杖道上達講座 その9:中心を意識する

最近このことで後輩の皆さんに指摘することが多かったな、というテーマで久しぶりの杖道上達講座です。
例によって例のごとく、なんちゃって5段である私がこれまでこんなこと言われてきたな、というネタのおすそ分けであって、
もっとちゃんとした先生から指導を受けられる人はそっちを聞いてくださいという程度のお話です。

今回のお題は「中心」。
仕・打の互いの中心を結ぶ線です。
とりあえず中心線と言うことにします。

中心線について構えの中で、型の中で意識できてますか?
特に正対、やや半身、真半身と構えを移すときに中心線からずれてないですか?
ということを見てみたいと思います。

型の中で「どう動くか」はわりと皆さん一生懸命おぼえるんですけど、「どこにいるべきか」「どこに向かって動くべきか」ということはついなおざりにされがちな気がします。

それではさっそく写真で見てみましょう。
例としては、3本目・引提とか7本目・霞なんかをイメージしながら見るとよろしいです。

初め正対している状態。
打太刀と仕杖を結ぶ線はこの白線です。

ありがちな失敗。
後構え、霞の構えに取ったとき、もと居た線の上からずれています。

白線が互いを結ぶ中心線なのだから、
この線の上で真半身に構えるのがよろしいですね。


角度を変えて。
ついやってしまいがちなやつ。
中心線にいたはずが…

後構え、霞に構えたら向かって右に外れて…

踏みかえて打太刀と合わせて構えると、
今度は向かって左に外れる。

その場で構えを変えるだけのはずが、右に左にふらふら動いちゃってますね。
これをやっちゃうと互いを結ぶ線がずれちゃって、型の理合いが崩れてしまうんです。
「太刀は正面を斬る」となっているところが、正面に杖がいない、体1枚ずれたところにいる、というようなことになってしまうワケですね。

特に起こりやすいのは「下がって構える」というときだと思うんです。
前に出るときは相手が正面にいて出るべき方向が見えてるからそんなにぶれない。
だけど、後には目がついてないし見えないから、つい軸足の後ろに下がる足を回り込ませてしまいがちです。

これは仕杖だけでなく打太刀も同様で、5本目・左貫や11本目・乱留で立て続けに下がるときに元の中心線からずれた方向に下がる人がちらほら見えます。
打太刀としてはただ下がるのではなくてあくまで次の攻撃に備える意味で下がるわけですから、下がる方向が狂うと相手を正面から逃してしまって次への備えが不十分になってしまう、ということになるんじゃないでしょうか。

それでは中心線から外れないようにどう対策するか、ということですが
両足の母指球をまっすぐ前後させる
というのがコツだと思います。
あくまで私の個人的な感覚ですけども。

このあたりの足の運び方は第1回でも書いたところですので、よろしければまた見直してみてください。


ちなみに、意識してこの中心線を外す動きもありますよね。
2本目・水月、4本目・斜面、6本目・物見、あるいは基本打ちの繰付の用意の構えなどがそうですね。
打太刀の斬り付け、斬り下ろしに対して中心線=攻撃ラインから逃れて、同時に攻撃を繰り出す、という動作です。
次の動作からは新たな中心線に変わって型を遣うことになりますね。



さて、もう一つ考えておかないといけないことがあって、
型の中で相手がずれてしまったら、ずれたのに合わせて技を遣うべきか、本来あるべき位置に向けて技を遣うべきか
ということ。

言うまでもないかとは思いますけど、それはやはり「今まさに相手がいる位置に向けて遣う」というのが答えでしょう。
ずれたらずれた位置に向けて太刀を振るう、杖を遣う。
型の理合いだけにとらわれて居もしないところに技を遣うのは本末転倒というもので、そこは臨機応変に遣うのがでよろしいんではないでしょうか。


そういうわけで、この中心線というものをきちんととらえて動くあるいは構えることができるようになると、またちょっと初心者の皮が一枚剥けるかなあと思うのであります。



余談。
私が以前に8段の先生に指摘されていまだに治らない癖。
これはまあまあの足配り。

これがNGのやつ。

何がまずいかわかりますかね。

下げた足が前足の後ろよりさらに回り込んで下がってる。

中心にいるようで、実は足が回り込んじゃってて構えが不十分、体が相手を向いていない、という例でした。

人のこととやかく言ってる場合じゃない。
精進しましょう。

2018年5月1日火曜日

ごよてい?

明日は京都の平安神宮で毎年恒例の師範クラスの皆さんによる演武。

5月5日は、倉敷市阿智神社でこれまた毎年恒例の古武道演武会。


なんですけども、私はどちらも欠席にしようかなと。
京都はそもそも遠いし人が多いし。
阿智神社も自分が出演するわけでもなし、写真も毎年いっぱい撮ってたし、もう今年はいいかなーって。

でも興味がある人は是非どうぞ。

2018年4月22日日曜日

じっけん!

昨日は総会と稽古会。

イベントが済んだ後で、合気道をする方にちょっと手ほどきなどお願いしてみた。

ぼく「なわでしばるためにうつぶせでとりおさえるにはどうしたらよかですか」
合気氏「こうやって、こうだぞ」
ぼく「なるほど」

合気氏「ここをおさえるとおきあがれないんだぞ」
ぼく「なるほど」
某先生「あしでじめんをけるんだ!」
ぼく「なるほど」

やっぱりねえ、遊びという名のおけいこはたいへんためになりますねえ。


さらに、昔剣道をしていたという杖道2段の爺様が袋竹刀をもったところに無手で挑んでみた。
てもあしもでなかったよ…。
「おまえそれでも5段かよ!」と言われそうではあるけれど、やっぱり剣を持ってるところに無手で対するのはなかなかしんどい。
やっぱりやってみなくちゃわからない。大科学実験で。

でも十手があればなんとかなりそうな気がした!
気がしただけなんだけど。